あだ名で呼び合う会社にいたことがある。8か月くらい。
こちらはグラフィックデザインをメインとした都内某所一等地(代官山とか六本木とか南青山とかそれ系のエリアと思っていただきたい)で、社長含め4名のところ。
まあ入社してしまったのは私の心に依存心があったからなのだけど、まず初日にニックネームを自称するように求められた。とりあえず多く使ってきた、苗字の頭を切り取ったありふれたものを戸惑いながら名乗った。
次に社員のこともニックネームで呼ぶように求められた。戸惑いつつもこれも受け入れた。
さらに次に、入社前2日目あたりだろうか、神戸に行って自己啓発セミナーを受けて来いとのお達しを受けた。
黄色ランプが赤寄りにまたたいたが、興味の方が優った。会社の金だし。
一度あの手のセミナーとか宗教の勧誘とか、そういうの受けてみたいとは思っていたのだ。自分が本当に洗脳されてしまう側なのか知りたかった。同僚が口をそろえて人生が変わる、涙が出ると言っていたため、ほほういっちょ泣かせてもらおうやないの的な気持ちもあった。
二日間に及ぶセミナーの内容は割愛する。ざっくり言うとよく聞く洗脳ノウハウがふんだんに盛り込まれており勉強になった。
最終日では「愛してる」をリピート再生するBGMで会場中が号泣するタイプのやつだったが、まったく涙腺が緩まずになんとか泣かなければとトップをねらえ!2のラストを思い出していた。ノノ・リリがさあ…帰ってくるんだよ…ノノ・リリが……
セミナーの内容自体はまあわりとよくある雑学や心理学を適度に講師の語るエモ奇跡引き寄せストーリーとサンドイッチしながら語るものであった。本物の研究結果とエモ奇跡引き寄せストーリーを交互に語ることで後者も信頼性のある話だと思わせる展開である。
知っている話が多かったが(心が弱るとすぐに引き寄せの法則系の本を購入するため)(あと認知心理学とか好きなため)、「ほう」と思ったのがそこで初めてきいた、NLPのVAKシステムだ。(NLPのVAKシステムというのは後日ぐぐって知ったが、そういう魔法のような分類がある、というような紹介の仕方をしていた)
NLPとは下記である。
NLPとは、Neuro Linguistic Programing(神経言語プログラミング)の頭文字から名付けられています。
NLPは、1970年初頭、カリフォルニア大学の心理学部の生徒であり数学者だったリチャード・バンドラーと言語学の助教授だったジョン・グリンダーが心理学と言語学の観点から新しく体系化した人間心理とコミュニケーションに関する学問です。
セラピーの現場で天才と称された三人のセラピスト達の分析から生まれました。
で、VAKとは下記である。
V(Visual)・・・視覚
A(Auditory)・・・聴覚
K(Kinestic)・・・身体感覚
人間は同じものを見ても同じように処理しているわけでなく、視覚メインで処理するタイプ、聴覚メインで処理するタイプ、身体感覚(触覚ともいう)で処理するタイプの3つがあるという。
視覚(Visual)の数値が高い方は、
『見える』『見通しがいい』『明るい・暗い』『はっきりしている』など
視覚に関係している表現を使う傾向が見られます。聴覚(Auditory)の数値が高い方は、
『聞こえる』『考える』『思う』『リズムが合う』『耳ざわりがいい』など
聴覚に関係している表現を使う傾向が見られます。体感覚(Kinesthetic)の数値が高い方は、
『感じる』『触れる』『重い感じ』『おいしい話だ』『気になる』など
体感覚に関係している表現を使う傾向が見られます。
たとえば「フランシスコ・ザビエル」という単語を見る。
そして「フランシスコ・ザビエル」という単語だなあ、と思う人は聴覚優位、教科書で見た写真などが浮かぶ人は視覚優位、なんか宣教師だっけ?とか、イメージが浮かぶ人は感覚優位の傾向である。
たとえば「波打ち際」という単語を見るか聞くとする。
青い空、砂浜、波の形などが浮かぶ人は視覚優位、波の音やカモメの声を思う人は聴覚優位、砂を踏んだ感触や海辺の風、素足に触れる波などを思う人は触覚優位である。
入力方法、認識方法が違うのである。
もう一つ言うとこれを簡単に見分ける方法がある。
昨日なに食べた?と問いかけてみる。で、思い出してもらう。
視線が上にむくなら視覚優位である。イメージを見ているらしい。
視線が横にいくなら聴覚優位。耳に集中しようとしているらしい。
視線が下にいくなら触覚優位。体感を感じようとしているらしい。
私は言葉を読んだり書いたりするのが好きなので聴覚タイプかな…と思っていたのだが、ド視覚タイプらしい。
で、セミナーから戻ってこの話をした友人は、ド聴覚タイプだったようだ。
タイプ違いの二人で会話をすることでいくつかわかったことがある。
どうも、「刺さる」実用書、自己啓発本は同タイプの人間が書いたものに限るようなのである。まれに自覚的にか無意識にか、すべてのタイプ向けの文章を構成する著者がいるが、たいていの場合は著者自身と同タイプでないと「ぴんとこない」ものになっているようだ。
なるほど、それでお互いに同じ本を読んでも「難しくてよくわからなかった」「えっ死ぬほどわかりやすかったじゃんなんで?」だったり、「なんかふわふわしてるだけで全然やれる気がしない」「え、すごいぐっときたじゃん」が起きたりしていたのかと納得した。
スピリチュアル本は触覚本が多いように思うが、たまにやたら小難しく見えるものがある。あのへんおそらく聴覚優位向け本なのだと思われる。
具体例がすぐには出てこないが、インテリア本で有名な川上ユキさんは完全に聴覚型である。絵がお上手だしインテリアの人だが、文章に「しんとした部屋」「声が聞こえてくるようなリビング」といった、音に関する表現が多い。なので、なんというか、うまくいえないがこのVAKというのは現実の五感とはまた別の五感のように思う。
たとえば私は「引き寄せの法則」的な本でよくでる「ビジュアライゼーション」、視覚化が死ぬほどだめだ。絵でかいてしまうとその絵以上のものを見ることができない。そのため心の目で見続けるためのトリガーが最も効果がある。で、そのトリガーは文字であることが多い。おそらく小説や文章を書いているのもそれに近くて、あくまで自分の中の完璧な絵を見るために文字を使っているのだろう。そういえば小説を書くときも一番最初にロケ地とカメラワークを考えている。
たとえば聴覚型の友人だが、彼女はスーツアクターが好きだ。これは視覚型に見えるし当人も最初そうではないかと言っていたが、どうも話しているうちに違うらしいことがわかってきた。彼女はスーツアクターの動きやきぐるみの動きで、彼らの声を「聞いて」いるらしいのだ。心の中の声は完璧に理想通りのものとなる。私の視覚化と同じ現象である。心の中の完璧なそれを求めるには、別の感覚のトリガーの方が都合がよい。
そういえばデレマスのプロデューサーに関する話を聞いたことがある。
「担当アイドルに声をつけてほしい理由は、早くみんなにも彼女の声を聴いてほしいから」
だという。
彼らには担当の声がすでに聞こえているのだろう。現実の五感とは別の五感で、完璧なる彼女の声が。
NLPにおける視覚、聴覚、触覚はこれに近い気がする。
まあそんなかんじで、自分に向いている手帳のつけかただとか、集中できる環境づくりとか、参考書や実用書の選び方というものが自身のVAKモデルを知っておけばすこしやりやすくなるし、プレゼンなどでも意識的に3つを織り交ぜると反響率の高いものになりやすいそうだ。
NLPについてはあまりよくないビジネスの種にされているようでもあるが、まあ心理テスト、血液型性格診断程度の気持ちでちょっと見てみるくらいならいいかもしれない。
なおその神戸の自己啓発セミナーであるが、一度受ければ人生観が変わる、心のブロックがはずれるとのことで当時の社長はずいぶんと心酔していた。新入社員にはとりあえずそれを受けさせて世界観を共有することが新入りの儀式であるらしく、当時の同僚たちも素晴らしかった、涙が止まらなかったと語っていた。
社長は何度となく通っているそうで、私が参加した時の参加者にもたくさんのリピーターがいた。
なんでリピーターいるんだよ。
一番安いコースで8万だぞ。一度受ければ人生変わるんじゃないのかよ。ていうかあきらかに病んだのがいたしその人もどれだけこの会が素晴らしいか私に力説してきてたぞ。
なお今回のブログのためにそのセミナー講師のブログを見に行ったところ、「愛してる」という文字を書いたプラカードをさした畑で作る野菜販売を始めていた。そういや「愛してる」と言い続けると食べ物が腐りにくくなるとかいう話もNLPの前後にしていた。
世の中にはいろんなビジネスがあるものだ。