分析と妄想

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タロット知識と読書と生活改善みたいな

おっちゃん冒険者の千夜一夜

人があるべき場所とあるべき役割を見出すことができる物語が好きだ。
この世界だとだめだったけどこの界隈だと短所とされていたものが長所になる、こちらの輪では輝くことができる。
とんかつDJアゲ太郎にはそういったカタルシスが大量に含まれていた。
異世界俺TUEEEもまあ、嫌いではないのだけど、チート能力+現代人からすると全貌が把握しやすい中世世界のくみあわせは、この「あるべき場所とあるべき役割」に出会う物語ではない。

で、「おっちゃん冒険者千夜一夜」が、最近めっちゃおもしろいなという話。
現在第一巻発売中、3巻まで出るらしい。あと「小説家になろう」で連載中。
毎朝6時にきっちり更新される。起き抜けにおっちゃんを読むことから私の最近の一日は始まる。

 

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そもそもの出会いはツイッターのプロモーションであった。
といっても、これが流れてきたわけではなく、「ホームレス転生」のプロモーションだ。

 五十代の元社長のホームレスが異世界転生、とのことで「ほうほうそいつは面白そうだ」とクリック、十分も経たないうちに失望した。
あきらかに、書き手に社会人経験がない。
現代日本で「儂」なんて一人称の都内在住社長なんていない。七十だって社長やるようなキャラで「儂」はない。というか今の五十代というより、それこそ七十八十くらいの「おじいさん」をイメージしたキャラクター。社会人経験どころか周囲に五十代の人間すらいないことがうかがえた。現代日本の都内の五十歳をステレオタイプな老人として描写してしまうこの狭さ。ホームレス生活の描写も放課後の高校生程度のもので、その後いくらか読み進めても経営者らしい言動がゼロだった。非実在美少女には慣れているが、非実在アラフィフはきっつい。

わかっていたつもりではあったが、これがいわゆる「なろう」小説か、普段ラノベに近いものって芝村裕理しか読まないからな、こたつ小説ってやつだろうかこれは、と思いつつもせっかくなので「なろう」サイトをしばし徘徊した。

で、ランキングだか書籍化情報だかで発見したのが「おっちゃん冒険者千夜一夜」であった。
おっちゃん、おっちゃんねえ… さきほど非実在五十歳を見てしまったんだよね…と思いつつ一作目を読んだ。
気づいたら夜が明けていた。

ホームレス転生で傷ついた心を的確に癒す存在がそこにいた。
まず、主人公の「おっちゃん」は頭頂部の薄い四十歳、身長170cm程度。自己顕示欲が薄く、口癖は「おっちゃんはしがないしょぼくれ中年冒険者やから」。
この、おっちゃんのおっちゃんっぷりがリアルで、リアルなのにかっこいいのだ。どうリアルにかっこいいかというと、「こういう上司ほしいいいいいいい」というかっこよさだ。

物語はおっちゃんが現職を辞することを同僚に言うところから始まる。冒険者以前のおっちゃんの職業。

それはトロルメイジとしてダンジョンにやってくる冒険者を殺すこと。しょっぱなから冒険者をさくさく「片付ける」シーンから始まるのである。
おっちゃんは人間ではない。「シェイプシフター」という、ポケモンで言うならいわゆるメタモン、なんにでも化けられるモンスター。
「おっちゃんな、人間に交じって冒険者やろうと思うねん」

まじっすかー、と驚く同僚たち。この、おっちゃんの冒険の動機は連載中の今も語られていない。人を探している、というような気配はあるのだけども。

とにかく元ダンジョンモンスターのおっちゃんが、冒険者となるのである。

 

おっちゃんは冒険者の中でもとくに地味な「採取」で生計を立てていこうとしている。

けれどおっちゃんはモンスターなので人間にはできない知識があり、モンスターとの秘密裡の交渉も可能である。そのため、他の人間だけなら「詰んだ」と思われる状況でも、自分でならなんとかできてしまうという場面に多々遭遇する。情もあり、そうして何度もおっちゃんは人間を救うことになる。

 

日本人の大好きな物語として「世直しぶらり旅」というジャンルがあるという。時代劇では水戸黄門、少年漫画ではワンピース。おっちゃんの物語はこの「世直しぶらり旅」である。スタンダードなダンジョンものの町に始まり、氷雪地帯、南国、砂漠、魔法都市、鉱山都市。ソードワールド無印や、かの赤毛の英雄アドル・クリスティンの物語を想起させるさまざまな都市におっちゃんはおもむき、その街を救っては「有名になれない」「評判をあげるわけにはいかない」「人間と親しくなりすぎるのはよくない」と夜逃げのように街を離れる。

 

この、おっちゃんの世直しの様である。
まずおっちゃんには化ける力とそこそこの魔法とそこそこの剣術はあるが突出はしていない。一人でなにもかも薙ぎ払うリナインバース的な力は持っていない。できるだけ戦闘は避ける、殺し合いも避ける。
とにかく調整力が高い。

あちらでこんな火種がおきればこちらのツテを、こちらでこんなもめごとがあれば第三の選択肢を。

読み進めるにつれて、私は確信した。

これ、書き手の人、めっちゃ有能な社会人なのでは…?大手商社の営業マンあたりやってるんでは…?

 

東村アキコが言っていた。
「学校出たあとずっと漫画書いてるような女の子って、たいていドラえもんみたいなのが家にくるとかどっかに旅するとかそういうのばっか書くのよねーふつーの職場とか人間関係とかかけないのよー(意訳)」みたいな。

村上春樹もそういうところある。彼も学生のあと自由業をずっとしているので、会社の人間が欠けない。いつも登場人物の所属がふわふわしている。


ホームレス転生をある程度読んだときになるほどなとこの東村アキコの言葉を思いだした。
そして、「おっちゃん冒険者千夜一夜」を読んでも、思い出した。

そして確信した。
この作者、絶対に、でかい組織で働いてる。
社会人経験のなさは文章に出るが、ありすぎるのも出る。出てる。

あえて現代ぽさを隠さずやってるところもあるのかもだけど(フォーチュンクエストやマジカルランドシリーズとかみたいに)、それにしても、これは、社会人に来る。

下記ネタバレだけどもおっちゃんが作中でやったこと

 

・火山ダンジョンの主に理由あって冷房機器を売らなければならないので印刷魔法の使い手とコピーライターをあつめて冷房カタログを作らせて(グラフィックデザイナーへの発注ですね)飛び込み営業として持ち込みに行く

 ・五万人のアンデッドが沸いてどうにかさばかないといけないのでダンジョンマスターに声をかけて「ジョブフェスタ」を開催、5万をほぼさばく(就活合同説明会)

・近いうちに大災害が起きそうなので金をつんで吟遊詩人を数人集め、災害に関する歌を歌わせて民衆に周知しておく

・ミイラの村を運営することになったのでやれることを見つけ出して村の産業をつくる(特にここでのおっちゃんの、ミイラに指示するのでなく、「どうしたらいいとおもう?」と質問だけ投げてやるべきことを彼ら自身の口から言わせるのがもう あーーあああーーーってなった)

 

など、他にも具体的に挙げるとただのネタバレになるので読んでもらうとして、おっちゃんの問題解決力と調整力、「あるべき場所とあるべき役割」へと導く手腕が本当に、日々、社会の歯車でいるしかない自分をとても癒してくれるのだ。美少女のキャッキャウフフやBLや俺TUEEEで癒えない心が、ここで癒える。
恋の痛みは別の恋か恋のフィクションで、仕事の痛みは別の仕事か仕事のフィクションでしか癒せないと私は思っている。

「おっちゃん冒険者千夜一夜」は、仕事に疲れた大人のためのライトノベルである。

 

私が一番好きで涙出そうなのが、ある王国の老王のエピソード。名君だったが病に侵され、石化したままずっと解呪の時を待っていた。結局その王は完治することはできなかったのだけど… という。その「後」の王様が、王様がさあ。王様が!さあ!

 

重複になるが、現在1巻発売中。3巻までは確実に出るらしい。イラストのおっちゃんのデザインはもうちょっとどうにかしてほしかったなとおもいつつもまあ、でも、本当、気になった人はちょっと読んで、ちょっと手にとってみてほしい。

合う人にはめっちゃ合う。近頃美少女やBLに浸ってもなぜか仕事のストレスが癒えなくなってきたような中年にぜひ。